当法人は、宝塚市雲雀丘地区に残る宝塚市景観形成建築物である旧安田邸の保存・活用等を図る事により、地域の発展に寄与する事を目的として、2024年4月30日に設立登記されました。
This association was established on April 30,2024 with the purpose of contributing to the development of the region by preserving and utilizing the former Yasuda residence,which remains in the Hibarigaoka district of Takarazuka city and is a building that formes the landscape of Takarazuka City.registered.
私達のMission➽ プロジェクト設立からほぼ2年を経て3月23日より再生工事が始まりました。 文化施設でありながら「今を生きる私達の心に寄り添う場所」をコンセプトに、 「時代を超えた本源的価値」を今に翻訳する“時代事業”に取り組んでいます。
当ホームページをご覧いただき、誠にありがとうございます。プロジェクトのスキームも固まり、それに関する各種契約内容も発効し、2025年9月30日以降、今までのプロジェクトの維持運営費に加え、建設費・事業費等も募集する事が可能となりました。使用する「ホームページのSUMMARY」を含む訪問用「趣意書」を作成致しました。右上のMENUをクリック→「法人概要」を選択頂ければご覧頂けます。
NEW! テレビ大阪の「やさしいニュース」の2025年10月27日放送分で「旧安田邸」の特集が放映されました。映像も秀逸で理解が早まると思います↓最下段のユーチューブマークをクリックしてご覧下さい。4月17日現在15万回視聴され多数の応援メッセージを頂戴しております。有難うございます。
[雲雀丘安田邸の本源的価値」とは、建築様式や歴史的年代を超えた「人間の尊厳・美意識・品格の集積」だと思います。「大正期の理想主義と個人の美意識が生んだ文化遺産」安田邸が建てられた1921年—明治の開国以来欧米列強に追いつけと燃えていた日本が近代国家としての成熟を模索し始めた時代。富国強兵・殖産興業の熱気を経て都市には洋風建築が立ち並び、文化と技術が交錯する空気が漂っていました。阪神間では財界人文化人が静けさと誇りを求めて邸宅を構えその空間には単なる生活を超えた“時代の理想”が息づいていました。104年前の雲雀丘には多士済々の紳士が居住しており、小林一三氏の阪急電鉄による郊外住宅地開発の先例で田園調布開発のモデルになりました。三井物産に入社後単身渡米、再度芝川紐育に大志を抱いて家族で渡り社長、現地で長男を得たものの世界恐慌で叶わず帰国通算7年の滞米生活でした。帰国後長男は夭折、自身も庭で終戦の年破傷風で倒れ道半ば夢破れた安田辰治郎氏の邸宅です。
Ⅰ建物が語る「生きた時代精神」 → 洋風三階建てという技術的先進性、大正の米国と日本の美学を体現した空間性。通算7年の希な在米経験の見識を活かした最先端のもの,当時の日本には稀有な建物でした。
Ⅱ空間に宿る「暮らしの品格」。 → 一過性のイベントスペースでなく「心を整える空気」が流れる場。駅前「要」の場所に阿部元太郎から直接土地を購入。造成から設計まで思うままに建てた米国式クイーンアンのお屋敷での英国式お茶会は親戚の憧れでした。戦後GHQの高級将校住宅地として接収されました。
Ⅲ地域が育てた「文化的静けさ」 → 「大紳士村」騒がしさを排し,節度ある交流が営まれる「白鳳倶楽部発祥の自治会の歴史」が育んだ,宝塚の中でも特異な場所が残っています。維持・継承を願っています。
Ⅳ未来への「文化的責任」 → 「本当に受継いで行くべきもの」行政依存の「保護をお願い」するだけでなく、「市民」と協業しながら次の世代にの文化財の「育て方そのもの」を伝える使命を果たします。
私達は、駅前の要に位置する安田邸に「時代を超えて人の心を育む力」があると感じています。 再生とは「ただ修復するのではなく過去の思想を受け継ぎ未来の美学へと翻訳すること。」 この空間に宿る本源的価値即ち「静けさの中にある誇り」を次の世代へ繋ぎます。
「再開発」で無機質な建築物:ビル・マンションが増えて行く今、大阪梅田から阪急電車急行で24分、駅を降りたら104年前の大大阪時代(だい大阪と読みます:東洋のマンチェスターと呼ばれ人口も東京市を上回り世界で6番目に大きい都市でした)を彷彿とさせる大正浪漫溢れる「品格のある可愛い洋館が佇んでいる街並み」に会えたら素敵だと思われませんか?それは阪急の駅前に在ります。
100年以上前、三井物産の社員として、のちに紐育芝川株式会社の社長として米国で活躍した安田辰治郎が、ニューヨーク駐在時に学び自ら設計した和洋館。「クイーンアン様式では我が国最古の木造建築」とされるこの建物と庭には、当時の理想と美意識がそのまま息づいています。この歴史ある空間を舞台に、次の様な文化活動を育てていきます。• 映像挙式・写真撮影• コンサート・展示会• 華道・茶道・香道の集い• 105年前の暖炉を囲む読書会 お餅つき・お雛祭り・お花見• お宝交換会・竹を使った本格的流しソーメン・グリルの出来るキャンプ等訪れた方が「文化施設ながら心に寄り添う」と感じられる場所を目指します。
昨年迄は「無名な会社員が自分の趣味で作った家」で歴史的文化財的価値はそれ程無いのではとの評価でしたが、建築史学的に緻密に検証すると、お金持ちの素人故にその時代の様式を正直に表した唯一無二の建物であり(不幸な事に関東大震災で同様の木造建築は現存せず)貴重な事が確認出来ました。安田辰治郎は大正時代に三井物産の社員・紐育芝川株式会社社長としてニューヨークに通算7年滞在し、Japan Societyの会員として往時は250人を擁した在米子会社のトップとして繊維の貿易等に従事した最先端のビジネスマンであり、阪急グループの創始者小林一三氏との関りも伺えます。日本の産業史にとって貴重な事案と思料されます。その時代があっての今の日本です。地域から世界へ遺すべきものがここにもありました。
皆様、電鉄経営の礎とされる田園調布の原型とも言われる宝塚市雲雀丘地区の景観の要に位置する安田邸が、「品格を維持」した形で次世代へ継承されることを願っています。本プロジェクトに関心を寄せてくださる皆様のご参加を心より歓迎致します。
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